過去、外国の方に日本のいけ花を紹介するとき
いけ花をフラワーアレンジメントと訳していました
現在は日本語そのまま『イケバナ』として
世界中に通用しています
つまり、基本的に『フラワーアレンジメント』と『イケバナ』は
違うものと認識されているのです
では実際どこが違うのでしょう
私は現在ドイツのフローリスティックデザインと
日本のいけ花との両方を学び、また教えております
まず、どちらも同じフラワーデザインでありながら
出発点が全然違います
ドイツのフロリスティックスはいわゆる商業デザインです
生産者と消費者が同一であった物々交換の時代から
都市の形成につれて生産者と消費者が別になってきます
生産者は市場へ花を持っていって売ります
より効率よく売るために花を束ねる事により
見栄えを良くする工夫をします
これがドイツのフロリスティックデザインのルーツなのです
では、日本のいけ花はどのようにして生まれたのでしょう
日本では、古くから神仙思想といって
高い山の頂上やその上に立つ樹木に神が降臨する
という信仰がありました
その神の宿る樹木の枝葉をお祭の時の鉾の先にさしたり
地鎮祭の折に土地の真ん中にさし立てたりし
お正月には門松を飾って神の宿る依代(よりしろ)としたのです
このように我が国では
人々は草木に神や霊が宿るとして特別な思いを寄せていました
こうした民間信仰が6世紀にアジアから伝来した仏教と結びつき、
仏前に供える花としていけ花を日本中に広めることになったのです
こうして16世紀の前半には京都六角堂頂法寺の
池のそばの僧坊からいけ花の名手が現れ
池坊という流派をおこすに至ります
これが日本のいけ花の流派のおこりとされています
それから今日まで500年以上の時が流れ、
その後流行した茶の湯との出会いを経て
仏前の花から人々の生活の中に取り込まれてゆきます
花の型も仏前の立華(りっか)中心であったものが
筒形の長い花瓶や口の狭いつぼなどに生けこむ投入(なげいれ)
より自由な構成の盛花(もりばな)
簡素ながら立華を省略した形の上品な生花(しょうか)
そしてより現代的な自由花(じゆうか)などと
時代と共に多くのバリエーションが生まれ
また一方、池坊から多くの流派が分かれ生まれて
現在では全国に何百という流派があると聞いております
その多くは家元を頂点としたピラミッド型の組織を形成し、
それぞれ独自の伝統を継承しているのです
その中では単に技術の習得のみならず
師弟の心の結びつきを重視し
精神的な修養や行儀作法の体得等を目的とした
独自の組織といえるでしょう
それゆえに茶道・華道などと
道(どう)という認識で捉えられているのだと思います
いけ花は往々にして形成的であると言われますが、
華道の心とは、形以前の心の動きであり
自然の美しさ・生命(いのち)に対する感動であると思います
特に西洋のフラワーデザインが花を主体として発展してきたのに比べ
日本のいけ花はそのはじまりから
草木を主体に発展してきたということを忘れてはならないでしょう